経営者という立場での借金苦

経営者という立場での借金苦

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毎月の借金返済13万円・・・もうこれ以上返済ができないので私はコレで楽になりました

2016.12.09

順調だった起業

順調だった起業

小さな会社を興したのは、私がまだ26歳のときでした。
その頃は自分に自信があり、それまで雇われていた会社の上司を見返してやりたい気持ちがやる気の原動力になっていました。

大学を卒業後に地元に戻って就職をした私は、それまで大学で学んだことを活かすこともできず、上司に言われるままに営業廻りをさせられていました。
ペコペコ頭を下げることが苦手だった私にとって、屈辱的な日々でした。
今思うと驕りのかたまりだったと思います。

「自分には才能があるのに」「自分はもっとできるのに」「営業なんかで活かせるか!」
反発心は心の中でどんどん大きくなり、3年で退職して自分で会社を興したのです。

順調でした。
思った通り、いやそれ以上に仕事が舞い込み、2年で新会社を立ち上げました。

人を使い、広い事務所に移転し、仕事の単価を上げて、その業界では名が知れていきました。
徐々に会社は大きくなり、仕事もどんどん増えました。

私は天狗になっていたのでしょう。
後に、「あの頃、Kさんに言われたことは今でも忘れませんよ」と同業者のAさんに言われたことがありました。

「単価を上げて仕事が無くなるなら、才能ないってことですよ。辞めたほうがいいんじゃないですか」
笑いながら私がそう言ったというのです。

私には記憶の欠片も残っていません。
どんなにか嫌な奴だったろうと、自分のことを振り返ります。

まさかの転落

まさかの転落

翳りが見え始めたのは、起業から20年経った頃です。

少なくともそれまでは比較的順調でした。
使っていた人間に裏切られたこともあったし、売掛金を踏み倒されたこともありましたが、強気だった私はそんなことに固執することはありませんでしたし、仕事仕事の毎日でした。

ところが契約していた大手企業が契約の打ち切りを打診してきたのです。
私は内心焦っていましたが、単価を下げれば契約を続行したいという申し出に対して、Yesの答えは出さなかったのです。

なぜ、譲歩できなかったのか、後に後悔することになるのですが。
そのときは、足元を見られたくないという余計なプライドが邪魔をしたのだと思います。

「客はあなたたちだけじゃない」「契約を切られてもうちは問題ない」「バカにするな」「俺を誰だと思っているんだ」という間違ったプライドでした。
その企業との契約が打ち切りになると、そこから徐々に仕事が減り始めました。

不景気にあって、大手企業が単価の減額を申し出るくらいですから、中小企業で予算が出なくなるくらい想定しなければいけなかった。
売り上げが低下し、仕事も減り、会社の存続が危うくなっていったのです。

借金・・・

借金・・・

当時、会社が抱える借金は3000万円ありました。
その時の私には、もう返済することはできませんでした。

いい気になって強気で仕事をしていた私に、手を貸す同業者などいませんでした。
それでもお願いできる間柄の同業者に「仕事を回してほしい」とお願いに行ったのですが、それがAさんでした。
私が言った酷いことを忘れることなく、当然、仕事を回してもらうこともできませんでした。

息子は既に独立し、妻は仕事を持っていました。
返済できない借金を抱えて、小さな仕事さえ回ってこない状況で、もしも会社を倒産させて、私自身も自己破産をした場合、家や財産も取られてしまいます。
経営難を理由に従業員には自主退社を嘆願しました。

できるだけのことをしようと、残っていた僅かなプール金は退職金として少しずつ渡しました。
妻に迷惑をかけないことを考えると、引っ越し費用さえ捻出できない状況で、事務所の引き払いさえ困難でした。
借金の督促の電話が鳴る度に、心が縮こまる思いでした。

離婚をしても妻は自立して生活することができます。
私など生きている必要はない。
私の中に“自殺”の文字が浮かび、そして離れなくなったのです。

鬱病と債務整理

鬱病と債務整理

私の様子をおかしいと感じた妻は、私を精神科に連れて行きました。
鬱病と診断がつき、妻に聞かれるままに私は全てを吐き出しました。
何も知らなかった妻は私の話しに青ざめていましたが、やがて奮起するように動き出したのです。

借金のうちの1000万円は妻が貯金で払ってくれました。
妻の判断でお世話になっている弁護士に相談をし、会社を縮小する形で民事再生で会社を立て直すことになりました。

現在、生活費の全てを妻の稼ぎに頼り、小さなワンルームマンションを事務所に一人で細々と仕事をさせてもらっています。
民事再生で減額になった借金は額が大きかったため5年で返済することになり、民事再生に応じてもらえなかった某銀行の負債も順調に返済できています。

振り返ると

振り返ると

私の驕った考えや対応がこの結果を招いたのだと思います。
同じ業界の中で経営難に晒された会社は少なくありませんでしたが、ほとんどが縦横の繋がりで助け合って経営を成り立たせています。

今現在、殊勝な気持ちで仕事に臨み、今でもこの業界で仕事をさせてもらっていることに感謝しかありません。

鬱病の治療は続いていますが“自殺”を考えることはなくなりました。
むしろ感謝しながら、頑張っていかなければいけないと思っています。
そして妻にも深く感謝しています。

私は今でも経営者ではありますが、二度と人を使うことはないと思います。
あの責任の重さ、重圧に耐える自信などありません。

しかし私の考え方は、あれほどの苦痛を強いられなければ変えることができなかったのだと思います。
反省と感謝の毎日です。


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